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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)743号 判決

控訴人 第一電業株式会社

被控訴人 塩原ゆき 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直両名は控訴人に対し、別紙目録〈省略〉記載の物件につき昭和三〇年八月二〇日京都地方法務局受付第二一、九二七号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記の抹消回復登記手続をせよ。被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直両名は控訴人に対し、前記物件につき右回復せられた仮登記に基づく所有権移転登記手続をせよ。被控訴人酒井は控訴人に対し、前記抹消回復登記をなすにつき承諾せよ。被控訴人酒井は控訴人に対し、別紙目録記載の物件につき昭和三一年二月一五日京都地方法務局受付第三五七〇号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  承継前の被告塩原与三平は、石見オ一郎が富二商事株式会社(以下富二商事という。)と家庭用電化製品の取引をするのを援助するため、別紙目録記載の物件(以下本件物件という。)を石見において取引先のメーカーまたは問屋に取引債務の根抵当として差入れることを承諾し、石見に右物件の処分を一任したので、石見が富二商事との取引を円滑にするため富二商事に代つてその元問屋である控訴会社に対し富二商事の債務を担保する目的で本件物件を差入れることになり、右塩原与三平の代理人石見と控訴会社間に本件代物弁済予約が成立した。

(二)  本件仮登記の抹消登記は前記塩原与三平と石見とが共謀のうえ偽造した控訴会社代表者三反畑実名義の委任状によりなされたもので、このような不法抹消登記はいかなる場合でも無効であるから、控訴人はその回復登記を求める権利がある。

(三)  前記塩原与三平は昭和三六年一月六日死亡したので、同人の妻被控訴人塩原ゆきと、その養子被控訴人塩原与士直が同人を相続した。

(被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直の主張)

本件物件につき控訴人主張の各登記のあることは認める。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、成立に争のない甲第七号証によると、承継前の被告塩原与三平所有の本件物件につき、左記登記のあることが認められる。

(一)  昭和三〇年三月一八日、同月七日付売買予約を原因として石見オ一郎のために所有権移転請求権保全仮登記、

(二)  同年七月二九日、同月二五日付権利抛棄を原因とする右仮登記の抹消登記、

(三)  同年八月二〇日京都地方法務局受付第二一九二七号をもつて同月一八日付代物弁済予約を原因として控訴人のために所有権移転請求権保全仮登記(以下本件仮登記という)、

(四)  同年一〇月一九日同法務局受付第二七五七〇号をもつて同月一八日付解約を原因として本件仮登記の抹消登記(以下本件抹消登記という)、

(五)  昭和三一年二月一五日同法務局受付第三五七〇号をもつて、同月一〇日付売買予約を原因として被控訴人酒井のために所有権移転請求権保全仮登記、

(ただし、右事実は控訴人と被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直間に争なく、また、被控訴人酒井が前記(五)の仮登記をしたことは控訴人と被控訴人酒井間で争がない。)

二、承継前の被告塩原与三平が昭和三六年一月六日死亡し、同人の妻被控訴人塩原ゆきと、その養子被控訴人塩原与士直が同人を相続したことは、右被控訴人両名の明らかに争わないところであり、控訴人と被控訴人酒井との間では、控訴人提出の訴訟受継申立書添付の戸籍謄本の記載によつて認められる。

三、そこで、控訴人主張の本件代物弁済予約の成否について考察するに、前記一の事実に、原審における控訴会社代表者本人三反畑実の供述により成立を認めうる甲第八号証、成立に争のない甲第九号証の四、官公署作成部分の成立に争なく、その他の部分は弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第九号証の一(ただし、控訴人と被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直間では全部成立に争がない)、控訴人と右被控訴人両名間で本件仮登記申請に使用された委任状であることに争のない甲第九号証の三、原審証人太田米蔵、同塩原ゆき、当審証人田仁勝三、同石見キクエ、同佐々木只一の各証言(ただし、いずれも一部)、原審証人尾崎良三、同塩原久一郎の各証言、原審における控訴会社代表者本人の供述、当審における被控訴本人塩原ゆきの供述(ただし一部)を総合すると、次の事実が認められる。

「(一) 塩原与三平は昭和三〇年三月頃塩原久一郎の仲介で本件物件を繊維業者である石見才一郎に対し、代金一、八〇〇、〇〇〇円、右代金完済のうえ所有権移転登記手続をなす約定で売却することとしたが、右契約に際し手付金、内金を受領せず、石見の要求により右代金調達の便宜をはかるために前記一(一)記載の仮登記手続をした。石見は同年五月頃右塩原久一郎を介し塩原与三平の妻塩原ゆきに対し右代金を近日中に支払うからその金策に必要であるといつて、塩原与三平の印鑑証明書(甲第九号証の四)、同人名義の委任状(甲第九号証の三-塩原ゆきが夫与三平の署名捺印を代行しただけで、受任者、委任事項を記載しない白紙委任状)、本件物件の登記済証を塩原ゆきから交付させた。しかるに、石見は右代金の支払をせず、前記塩原与三平、塩原久一郎より再三前記書類の返還を求められたにかゝからず、これに応じなかつた。

(二) 一方、控訴会社は家庭用電化製品の販売を営む会社で、昭和三〇年二月頃から前記富二商事に対し商品を販売し、同年七月当時約六、〇〇〇、〇〇〇円の売掛代金債権を有するにいたつたので、その頃富二商事に対し不動産の担保差入を要求したところ、七月末頃富二商事の代表取締役佐々木只一と前記石見両名が同道して控訴会社に出頭し、控訴会社に対し石見は塩原与三平の前記印鑑証明書、委任状、登記済証を示し本件物件は塩原与三平より買受け自己の所有であると称し、右物件を富二商事の控訴会社に対する前記債務の担保として提供する旨申入れたので、控訴会社はこれを承諾し、富二商事が右債務不履行の時は本件物件を代物弁済として控訴会社に所有権を移転する旨の代物弁済予約が締結され、石見は前記一(二)記載の抹消登記手続をしたうえ、塩原与三平不知の間に同人から入手した前記書類を冒用して控訴会社のために本件仮登記手続をした。」

前掲証人太田米蔵、同塩原ゆき、同田仁勝三、同石見キクエ、同佐々木只一の各証言、被控訴本人塩原ゆきの供述中、右認定に反する部分は信用できず、甲第一二号証は当審における被控訴本人塩原ゆきの供述によると、塩原与三平不知の間に嘱託作成された公正証書であることが認められるもので、未だ前認定をくつがえすに足らない。また前記一(五)記載の登記の存在に原審証人塩原ゆきの証言、当審における被控訴本人塩原ゆきの供述によると、塩原与三平は本件仮登記の抹消手続がなされた後、昭和三一年二月被控訴人酒井との間に本件物件につき前記石見の仲介によつて売買予約を締結したことが認められるが、右事実があるからといつて、塩原与三平が本件代物弁済予約の締結につき石見に代理権を授与していたものとは認めがたく、他に前認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、塩原与三平と石見間に締結された本件物件の売買契約は代金完済の時その所有権が移転する約定であつたものと認むべく、石見はその代金を支払わなかつたから、本件物件の所有権を取得するによしなく、かつ、塩原与三郎から右物件の処分を一任された事実もなかつたのであるから、同人が控訴会社との間に締結した前記代物弁済予約は結局無権限者によつてなされた無効なものといわねばならない。

四、次に本件仮登記の抹消登記がなされた経緯をみるに、成立に争のない甲第五号証の一、二、控訴人と被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直間で本件抹消登記申請に使用された委任状であることに争のない甲第五号証の三に、前掲証人太田米蔵、同塩原久一郎、同塩原ゆき(ただし一部)同石見キクエ(ただし一部)の各証言、控訴会社代表者本人の供述ならびに被控訴本人塩原ゆきの供述(ただし一部)を総合すると、「塩原与三平は本件仮登記が前認定のように同人不知の間になされたことを発見するや、石見を責めるとともに同人を告訴する準備をしたが、石見より本件仮登記を抹消する旨の連絡をうけたので、昭和三〇年一〇月一九日妻塩原ゆきを司法書士掘口忠信事務所に赴かせたところ、右事務所に前記石見ならびに控訴会社社員と称する者が出頭のうえ本件仮登記の抹消登記がなされた。しかしながら右登記手続に使用された控訴会社代表者三反畑実の委任状(甲第五号証の三)は、何人かによつて偽造されたもので右抹消登記は控訴人不知の間になされたものであつたが、塩原与三平は右抹消登記に存する不法を知らずに右登記を受けた。」ことが認められ、右認定に反する前掲証人塩原ゆき、同石見キクエの各証言、被控訴本人塩原ゆきの供述部分はいずれも信用できない。右認定事実によれば本件仮登記は不法に抹消されたことが明らかであるが、右抹消登記が石見と塩原与三平の共謀によるとの事実は、これを肯認するに足りる証拠はない。

五、そこで、控訴人に本件抹消登記の回復登記請求権があるか否かを考慮する。前認定の事実関係によると、控訴人のための本件仮登記はその実質関係を欠く無効のものであるから、塩原与三平すなわちその承継人たる被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直から控訴人に対しその抹消登記を請求する場合には、控訴人はこれに応じて右登記に協力すべき義務を免れない関係にあつたもので、本件抹消登記がかえつてその実質関係に符合する場合といわねばならない。登記は現実の権利関係を如実に公示させるための制度であり、登記請求権は登記と現実の権利関係が符合しない場合両者を一致させるために認められた権利である(本件回復登記請求権も右登記請求権であることはいうまでもない)。したがつて、本件仮登記が前認定のように、不法に抹消されたものであつても、控訴人としては前記被控訴人らに対し、もともと本件仮登記自体の維持を求める権利を有しない筋合であるから、既に現実の実質関係と符合する登記がなされ、しかも、右登記の不法事由につき前認定のとおり善意である右被控訴人らに対し右抹消登記の無効を主張して、現実の権利関係に符合しない状態えの回復を求めることは、前記登記制度の目的ならびに登記請求権の存在理由にてらし許されないものというべきである。

六、しからば、本件仮登記の抹消登記の回復登記を求める控訴人の請求は理由がなく、したがつて、被控訴人酒井に対し右抹消回復登記の承諾を求める控訴人の請求も理由がない。また、控訴人主張の代物弁済予約の無効であること前認定のとおりであるから、右代物弁済予約の完結を前提として本件物件につき被控訴人塩原ゆき、同塩原与士直に対し所有権移転登記手続を求め、さらに、控訴人酒井に対し前記一(五)記載の仮登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求も理由がない。

そうすると、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は結局正当で本件控訴は理由がないから、これを棄却し、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 斎藤平伍 兼子徹夫)

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